連載コラム アート/カルチャー【ちょっと傾いたカルチャー座標軸】Vol.1

「林住期」

荒井曜 (Akira Arai)


2007/08/01

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私は昨年の暮れにすこぶる体調が悪かった。正月休暇は数日パリにいて、6区にあるイスラム寺院のレストランでクスクスを食べた後、ひどく気分が悪くなり、パリ大学近くのカフェで冷や汗が出て、「ああ、自分はもうすぐ死ぬんだ。」と思い込んでしまった。クスクスがあたったわけではない。きっと身体と精神のバランスを崩して「鬱(うつ)」の状態に陥っていたのだと思う。いきなり暗い話で恐縮だが、今はその時期を境にして人生で一番大きな転機を得たような気がしているのだ。

作家の五木寛之氏が書いた『林住期』というエッセイには、数ヶ月かけてゆっくり進行した私自身の静かなる自己革命を裏打ちしてくれる知恵がたくさん詰まっていた。古代インドでは人生の転機を大きく四つに分け、「学生期」(がくしょうき)、「家住期」(かじゅうき)、「林住期」(りんじゅうき)、「遊行期」(ゆぎょうき)と呼ぶそうである。この“四住期”にざっくり25年ずつ割り振ると、心身を鍛え、学習し、体験をつむ「学生期」という青春時代と、就職し、結婚し、子育てをする「家住期」という社会人時代で50年。過去の社会通念ではこの50年がいわば人間の主たる人生であり、あとは“オマケ”といった感じがあった。しかし、平均寿命が格段に延びた現代なら、およそ50歳から先の「林住期」にこそ人生の黄金時代があるはずだと著者は言う。そして「林住期」を充実して生きる人こそ現代のガキっちょカルチャーを駆逐し、社会を成熟させる担い手になるべきであると。

どうせオマケの時代ならいっそ出家か家出でもして生きてみてはどうか、と著者は問う。本当の出家じゃなくても、脱サラするなり、心のどこかにくすぶっている“夢”に本気で立ち向かってみてはと・・・。そう、確かに簡単なことじゃないし、いつも“経済面”が恐怖になって飛翔しようとする心を地上に縛りつけるのだが・・・。

林住期

この本は、生の輝きには必ず影もあり、欝になることを人間の生命現象の必然として捉えている。また、“呼吸法”や、身体を“養生”することに関する知恵にも章を割いている。私が欝な状態から立ち直ったのもまさに、食事や呼吸という日常のもっともベーシックな部分の見直しと実践によるものだった。

もっとも重要なことは食事である。食べるものが“気質”を作る。そして歳とともに、胃の中を軽くしていく。“腹八分目”とよく言うが、「林住期」の住人は“腹六分目”で充分と著者は言う。今年の初めから私が志したのも、昔ながらの日本の和食(粗食)を少量、よく噛んで食べることだった。最初はずっと空腹感がつきまとうがやがて胃も小さくなり、塩、味噌、醤油にこだわった良い食物をゆっくり摂取すると、栄養が毛細血管に行きわたり、身体がポウっと温まるのがわかるようになる。これは「おいしい」ということより上位の、「ありがたい」という感覚である。湯気を立てるご飯の前に自然に手を合わせたくもなる。高級レストランで美食をすることよりずっと贅沢なことだと思う。以来、私はグルメ文化に背を向け、「美粗食家」を目指すことにしている。

そして正しい呼吸法。「息は鼻でするものです。」と言われて、「えっ?」と驚く方もいるかもしれない。最近、私が続けているピラティスの基本も鼻から大きく息を吸い、横隔膜を下げながら腹(口)から吐く呼吸法である。また、「腰は曲げない。腰は折るもの」という説も面白い。“丹田”というのは臍下の下っ腹の部分であるが、ここに身体の重心を置くようにして暮らすと背筋も自然に伸び、どこか気持ちに一本筋が通ったような気がしてくるから不思議である。

がむしゃらに働き、頭でっかちに自分を作り上げようと足掻いていた時期には、身体はいつも置き去りにされてきた。こうした昔ながらのフィジカルな知恵を忘れ、暴飲暴食を続けてきたつけで、昨年の暮れにはとうとう身体が悲鳴を上げ、心も軋んでいたのだろう。身体の発する声に耳を傾け、心と一体である感覚を研ぎ澄ますこと。それは当たり前のようでありながら、一種のコペルニクス的転換だったのである。そのころに比べると私の体重は12kg減り、ウエストも12cm絞まり、体脂肪率も12%落ちた。脳や、心臓だけではなく、お腹も身体の大切なポイントであることを知った。腹筋を鍛えることは、“腹黒い”人にならないための精神的な意味も大きいのである。

「“金言”とは誰の心のなかにも既にあったものであるがゆえに人の心を捉える」と、昔読んだなにかの本にあったが、『林住期』の各章で述べられていることもごく当たり前の知恵である。あなたがすでに気づきかけているものに光を当て、確信に変えてくれるに過ぎない。でも、この当たり前のことに気づくまでに長い時間が必要だった、私の場合には。

林住期:五木寛之 著/定価(本体1,400円+税) 幻冬舎


荒井曜(Akira Arai)

荒井曜(Akira Arai)

群馬県前橋市生まれ。本名、塚田誠一。多摩美術大学美術学部絵画科卒業。
現代美術のジャーナリストとして活動した後、1983年セゾン・グループの映画事業に参加。83年11月、アート系映画の老舗映画館「シネ・ヴィヴァン・六本木」をオープンさせる。同劇場の支配人を務めた後、配給会社シネセゾンに移り... 続きを読む