観客が期待するものをそのまま提供することがエンターティメントであり、観客の期待を裏切ることがアートであるとしたら、そのいずれにおいてもなかなか満足し得ないのが昨今のエンターティメント、或いはアート事情ではなかろうか。そんな中、パパ・タラフマラは圧倒的にアート道を突っ走っているのだが、そのぶっ飛び感たるや時としてエンターティメントでもある。世界水準のアートに目の肥えた観客は、パパ・タラフマラが固定観念や既存の枠組みを次々と壊す(というより無視する)さまに快楽すら感じているのだ。(でなければ、巨大な出刃包丁がウンチを追っ掛けまわす、などというオブジェが許されるはずが無い。)
パパ・タラフマラを、何者であるか敢えて一般的な言葉で定義するならば、彼らは「パフォーミング・アーツ集団」であると呼べよう。ただこれも、彼らの活動が主に「舞台の上」で行われているからそのように呼ぶのであって、そのスタイルは完全に彼らのオリジナル。演劇でもダンスでもない(しかしそれらを否定するでもない)越境者的な彼らのあり方は、「パパ・タラフマラって何?と聞かれたら、パパ・タラフマラはパパ・タラフマラだよ」と答えるのがやはり正しい。
photo:Sakae Oguma
そんな漠然とした集団の作品にいきなり触れて、果たして理解できるのか?という疑問が生まれる。そもそもアートに対する「理解」なんぞ必要なのか、という考え方も無論あるが、お金と時間を無駄にしないため、本特集の作品写真をリトマス試験紙代わりに使って頂きたい。要は直感でビビビッと興味が持てるかどうか、その真っ直ぐな感性がそのまま、本作を楽しめるかどうかに結びついてくる。(だいたい、林立するプロペラ状の巨大な舞台装置の幻想的な美しさを理屈で説明できるわけが無い。)
ニューヨークタイムズ(米)が「パパ・タラフマラは日本のパフォーミング・アーツ界の希望」と語れば、リベラシオン(仏)は「全ては非の打ち所無く演出され、完璧に演じられている」とした。上手く説明できないものを極端に嫌う日本の芸術評論家たちを飛び越えて、ワールドワイドに愛される彼らの作品はベネチア・ビエンナーレを大いに沸かし、世界30カ国で公演、そしていよいよ舞台芸術の最高峰「Brooklyn Academy of Music
(通称BAM、ニューヨーク)」オペラハウスでの招聘公演(2007年11月〜12月、作品は「SHIP IN A VIEW」)を迎える。“世界で受けて、日本で受けない”パターンは、レベルの高い作品のもはや「お決まり」ではあるが、パパ・タラフマラは日本であっても評論家以外、即ちアーティストや学者、タレント、或いは子供たちや障害を持った方々を多く虜にしている。そしてこれらの人々がパパ・タラフマラを異なった角度で様々に語るのだが、特に現代音楽家・中川俊郎氏の「パパ・タラフマラは“人間の縮図”のような舞台だ」という言い回しには頷かされるファンも多いだろう。(そのようなスケールでなければ、彼ら日本人が演じる奇妙な動きや発声が国籍・人種を超えて受け入れられるはずが無い。)
そんなパパ・タラフマラの待望の新作公演が近づいている。旗揚げから25年間、もはや越境するものが無かろう、というほどにまでぶっ飛び続けてきた彼らの新作・「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」である。パパ・タラフマラ芸術監督・小池博史を筆頭に、カンパニーを長年支えてきたプリンシパル・パフォーマーの小川摩利子、現代音楽の鬼才・中川俊郎、ファッションと映像を融合させる気鋭のアートユニット・OUTSECTという豪華メンバーによる構成だ。
「こんな世界があったのか」。世界が認めた“未知なる世界”。最近、観るべきものがない、と嘆くあなたへ。パパ・タラフマラワールドで、アタマとカラダ、そしてココロの殻を少しだけ破ってみるのはいかがでしょうか。(Written by Kersol)
■公演情報】
国内新作公演 「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」
2007.10/2(火)から10/7(日)、アサヒアートスクエア(東京)にて。詳しくはこちら
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国内改訂版公演 童話シリーズ第二弾! 新 パパ・タラフマラの「シンデレラ」
2008.2/10(日)から2/17(日)、ザ・スズナリ(東京)にて。
photo:Sakae Oguma
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photo:Katsuji Sato