連載コラム アート/カルチャー【ちょっと傾いたカルチャー座標軸】Vol.3
「ル・コルビュジエ展」建築とアート、その創造の軌跡(1/2)
荒井曜 (Akira Arai)
2007/09/10
久しぶりに美術のコラムでも書こうと上野の国立西洋美術館でやっていた展覧会『パルマ-イタリア美術、もう一つの都』に出かけた。これがとてもつまらなかった。美術史的な価値はもちろんいろいろあるのだろうが、私には退屈なだけだった。「面白いな」と皮肉にも思ったのは、パルマ派の16世紀の宗教画は印刷栄えすることである。鮮やかな色彩と深い陰影のくどさが印刷によって中和され、カラバッジオを連想させるようないいポスターに仕上がっていた。私は駅に貼られていたポスターに騙された。
失望して帰宅する途中、六本木ヒルズを歩いていたら、『ル・コルビュジエ展』のポスターが目に留まった。そういえば前にも何度かポスターを目にしていたが、こちらはLE CORBUSIERのアルファベットを全面に配したありきたりでつまらないデザインだったので、「ああ、コルビュジエか。昔、好きだったなア」くらいにしか、感興はそそられなかったのである。でも、通り道だし、期待もせずに寄ってみた。こちらは、びっくりであった。こんなに充実した展覧会だったとは!貧弱な包装紙の中身がすごい宝物だったようなものである。
ル・コルビュジエが、安藤忠雄を初め数多くの日本の建築家にも影響を与えてきた近代建築の巨人であることはよく知られている。(そう言えば、冒頭に書いた国立西洋美術館は、ル・コルビュジエの設計である。)1887年生まれなので、今年は生誕120周年。後期印象派以降の一人の画家としての姿から、近代造形理論をモニュメンタルな教会や、集合住宅として開花させた建築家としての偉業、そして実現に至らなかった壮大な都市計画のビジョンを図面やCGや模型で表現し、実に丁寧に巨人の全貌を浮かび上がらせようとしている。
photo:ル・コルビュジエ「デカルト的摩天楼」1937年、ミクスト・メデイア、所蔵:ル・コルビュジエ財団、© FLC
特に日本ではあまり観ることのできなかったル・コルビュジエの絵画がかなり沢山展示されているのが嬉しい。彼は若い頃から晩年に至るまで絵筆を手放したことはなかった。午前中は絵画制作、午後は建築のデザインや設計という日課を決めていたという。当時、パリの美術界では、1907年のサロン・ドートンヌでセザンヌの大回顧展があり、セザンヌの後期印象派から派生したキュビズムの最盛期だった。1913年、まだ活動の拠点をスイスに置いていたル・コルビュジエが初めてサロン・ドートンヌに出品した10点の水彩画がどんなものだったか知らないが、彼の絵画にもキュビズム的な影響が見られる。ある時期、親交があったというフェルナン・レジェの作風と近いものもある。しかし、ル・コルビュジエの初期から中期の絵画作品に共通しているのは、絵画だけを職業としている他の画家たちに比べ、作品をより純粋な理念にまで昇華させたいという強い欲求だったように見える。それを“建築家的”と言えるかわからないが、そこからものすごく知的で清潔感のある美しさが立ち上ってくる。当時の美術界には受け入れられず、「絵画としての伸びやかさに欠ける」という批評もあるそうだが、私は彼の絵画のそういうところが、むしろ好きである。









