ブエノスアイレス、という地の“言葉の響き”には人を引き付ける何かしらの魔力がある。
その正体を明かすためだろうか、パパ・タラフマラの芸術監督である小池博史がブエノスアイレスを初めて訪れたのは今年の1月であった。ガルシア・マルケスなど南米文学を深く愛し、幾度もその地を訪れる小池だが、どういうわけかブエノスアイレスに足を踏み入れる機会が無かったという。
「タンゴ音楽の哀愁や、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、或いはフリオ・コルタサルといったアルゼンチン文学は昔から好きでした。何より、ブエノスアイレスという呪文のような響きに惹かれ続けていました。そしてようやく、訪れることが出来たのです。」
ブエノスアイレスを訪れた動機をこのように語る小池は、念願の地に踏み入ると間もなく、創造へのインスピレーションの大波にさらわれてしまう。死してなお生けるが如くその存在を強く主張するド派手な“墓の町”、その傍らには異国籍同士のゲイ・カップルが自由を求める姿。ブエノスアイレスという地における、強烈な個性の「人間の有り様」と「生と死のコントラスト」を目にしたのだ。
アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスは、俗に“南米のパリ”と呼ばれる街である。スペインによる植民地支配を受けたため、スペイン、そしてイタリアから数多くの移民が今もこの都市に定住し、ヨーロッパ的・白人種的な町並みと文化を作り出している。だが小池は、南米ともヨーロッパとも異なる、越境的な空気を感じ取ったという。
「その昔、ブエノスアイレスという“ユートピア(理想郷)”を築こうとした人々が存在したということです。」
今なお残る、ユートピアへの憧れ。これが「ブエノスアイレスの魔力」の正体だ。
「そこに東京の女の、恋物語というエッセンスを置いてみました。東京という“窮屈な世界”に染まりきった女。その彼女が、ブエノスアイレスという異質なる国、異質なる文化において恋という厄介な難題を抱えた時、容易に心を開いていくわけではなく、むしろ心を閉ざしていくさまをイメージしたのです。」
「ボルヘスやコルサタルはいずれも迷宮譚を得意としていましたが、今作は“パパ・タラフマラ流”恋の迷宮譚が生まれるのではないでしょうか。」
小池は人間の有り様を鋭く切り取り、描写する。
酒場、絵の具のような色彩感、ブエノスアイレス、自由、タンゴ、トーキョーの女、理想郷、囁き、恋。ここから生まれ出る人間模様を小池博史とパパ・タラフマラがどのように描くのか。彼らが仕掛ける壮大なインナートリップ、今から楽しみで仕方がない。(Written by Kersol)
photo by Hiroshi Koike
■公演情報
国内新作公演 「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」
2007.10/2(火)から10/7(日)、アサヒアートスクエア(東京)にて。詳しくはこちら。
国内改訂版公演 童話シリーズ第二弾! 新 パパ・タラフマラの「シンデレラ」
2008.2/10(日)から2/17(日)、ザ・スズナリ(東京)にて。