マックロマンス(MAC ROMANCE)
1965年8月東京生まれAB型。1983年単身渡英しプロミュージシャンとして活動する。1988年帰国、バーテンダーに転身。1993年東京都目黒区自由が丘に「プースカフェ」を開店、自ら店に従事する。2003年バースタイリスト活動を開始。バーのプロデュース、カクテルブックの制作など多方面のフィールドで独自スタイルのバーワークを展開... 続きを読む
バー・スタイリスト MAC ROMANCE
2007/09/14
イギリスの玄関、ロンドンのヒースロー空港には一般には知られていない秘密の部屋がある。というほど大げさではないかも知れぬが、普通の人だったら知ることのないスペースがあるのは事実である。ヒースロー空港には世界中からいろんな人がやってくる。その中にはおよびじゃない人物もたくさんいて、例えばテロリストとか、国際的犯罪者とか、麻薬密売人などがそうである。入国の際にそのような招かざる客を発見した場合、空港でどうするかというと、客人の種類によって異なる対処法があって、例えば不法就労が目的の外国人などの場合はたいてい強制送還になるし、大麻などを持ち込んだ人間は逆にイギリス国内の警察に送られて取り調べを受けた後に裁判になる。いずれにしてもそれらの人間は空港で一旦拘束される。当然、彼らを拘留しておく場所が必要で、そこは空港の業界用語でプリンセスハウスと呼ばれている。ネーミングの由来は知らぬが、そこが呼び名のようにキュートな場所でないことはだいたい想像がつくと思う。6畳くらいの広さの外から鍵のかかる部屋が無数にあって、各部屋の左右に二段ベッドが備えられている。ひとつの部屋に4人の人間が詰め込まれていて、室内はかなり窮屈で居心地が悪い。ベッド狭く、マットは固く、枕も布団もなく、シーツは紙製。そう、そこはまさに留置所そのもの、空港内特設留置所である。
何で私がそんなことを知っているか。それはもちろんそこに収監されたことがあるからに決まっている。空港に着いたのは夕方で、取り調べが終わったのは深夜になってからだった。係員に連れられてその部屋を訪れたとき、そこにはすでに2名の先客がいた。1人はジプシー系で1人は黒人、2人とも身長が2メートルもありそうな大男、彼らは眠っていたところを起こされて少々不機嫌な様子だったが、係員が電気を消して行ってしまうとすぐにまた睡眠に戻った。私はといえば、想像すらしていなかった展開になって不安で眠れるわけもないシーンのはずだったが、実際はそうでもなくて、すぐにぐっすり眠り込んでしまい、事態の深刻さに気がついたのは次の日の朝になってからだった。
食事はアルミパックに入った弁当で、肉や魚と米などを電子レンジで温めただけのものだった。我々はそれを順番に受け取って、食堂(ただ長テーブルに椅子が並べられただけの大部屋)で食べた。同じ場所に全員がそろうのは食事のときだけで、あらためて見回すと非常に国際色豊かな顔ぶれだった。当然というべきか、日本人は私だけだった。皆、食事の内容がひどいと文句をこぼしていたけれど、私は食事の時間が来るのをけっこう楽しみにしていた。もともと味覚音痴で、あまり食べ物にこだわらない主義である。
そこは刑務所ではなく、あくまで犯罪者である可能性がある人間を一時的に預かるだけの施設なので、数時間だけ滞在するだけの人もいたし、長くても2日くらいでそこを出て行くのが普通だった。けれども中には、もう数ヶ月も拘留されていて、この先いつになったらここを出られるのかわからないという者もいた。私と同部屋の2人もここに来てしばらくになるようだった。ジプシー風はアルジェリア人で、黒人の方はナイジェリア人だった。何が理由でそこにいるのかについては、最後まで聞く機会がなかったけれど、言っちゃ悪いが2人ともテロリストにしか見えなかった。あんな風貌でよく表玄関から堂々と入国しようとしたもんだ。
今回のタイトルがジャックダニエルで、ここまで話して何がジャックダニエルなのかと首をかしげる方が多いかも知れない。全体としてはジャックダニエルなしには語れない話なのだけれど、それにはもう少しスペースが必要なようである。続きは次回。

1965年8月東京生まれAB型。1983年単身渡英しプロミュージシャンとして活動する。1988年帰国、バーテンダーに転身。1993年東京都目黒区自由が丘に「プースカフェ」を開店、自ら店に従事する。2003年バースタイリスト活動を開始。バーのプロデュース、カクテルブックの制作など多方面のフィールドで独自スタイルのバーワークを展開... 続きを読む