荒井曜(Akira Arai)
群馬県前橋市生まれ。本名、塚田誠一。多摩美術大学美術学部絵画科卒業。
現代美術のジャーナリストとして活動した後、1983年セゾン・グループの映画事業に参加。83年11月、アート系映画の老舗映画館「シネ・ヴィヴァン・六本木」をオープンさせる。同劇場の支配人を務めた後、配給会社シネセゾンに移り... 続きを読む
荒井曜 (Akira Arai)
2007/09/25
のっけから一つ挑発させていただくが、映画は観客の嗜好に合わせて作られるわけではない。むしろ優れた映画はあなたに試練を与え、それでも暗闇のなかに置き去りにすることもなくかすかな光を求めて旅する勇気を与え、そして最後にどこか世界が少しだけ変わったことを体感させてくれるものだ。
イマジネーションの魔術師、ギレルモ・デル・トロ監督の集大成ともいえる傑作『パンズ・ラビリンス』を観るとき、観客は高みの見物というわけにはいかない。スティーブン・キングの云う“エモーショナルな残忍性”によって最初の通過儀礼を受けなければならないからだ。
スペイン国家の歴史的暗部、フランコ独裁政権時代を背景にすることはその時代の恐怖を知り、尚、現代に伝えなければならない者の“使命”である。デル・トロはその恐怖をファシストの大尉の人格のなかに遺伝子として埋め込んだ。ヒロインの少女オフェリアは、身重の母親と一緒にこの残忍な男のもとへ連れていかれる。優しかった父が死んだ後、この男の子供を身ごもった母が彼のもとへ嫁ぐのである。あなたがオフェリアだとすれば、宣言しておかなければならない。試練はすでに始まっている。オフェリアは、“もう生きられない”という地点にまで、心の奥深くに潜む迷宮にまで降りて行かなければならない。なぜなら、かすかな希望の光はそこにしかないからだ。
デル・トロの迷宮とは、現代人が幾重にもその野生を封印され、奥深く閉じ込められた愛の源泉を回復させるための装置である。子供の頃、奇怪な夢に怯えたことのあるあなたは大人になるに連れ、その魔法の世界を封印した。その迷宮の扉を開く時が、今なのだ。現実(リアル)と幻想(ファンタジー)が表裏一体となった構造は、あらかじめ観客に恐怖を伴う冒険の入り口を不明瞭にし、気づいた時にはすでに逃れられない、そんな罠なのだ。「耐えよ!」、そうとしか言えない。しかし、その先に待つ圧倒的で、金色(こんじき)の光に包まれる世界の幸福感は至上のものであることを約束しよう。
D・W・グリフィス監督による無声映画の名作『散りゆく花』(1919)をご存じだろうか? リリアン・ギッシュ扮する15歳の少女ルーシーは、オフェリアに通じる。哀しい人生を辿り、今わの際にいるルーシーは不幸せだった自分への最後のご褒美のように、そっと自分の唇にその白い華奢な指で頬笑みの形を作り、死んでいく。デル・トロのオフェリアはどうか? 彼女がというより、我々が迷宮の旅の終わりに見つけるのは、たった一つ、純白の小さな花。これは何? これはオフェリアの化身であり、あなたであり、あなたの子孫、つまり永遠のメタファーである。
現代世界に蔓延する実在の憎悪、恐怖に映像作家が打ち勝つことはできないかもしれない。しかし、恐怖に苛まれ、生きる道を閉ざされるゆえに、心の中の迷宮へと旅たった薄幸の少女がたどり着く最後に、圧倒的な映像の伽藍を用意し、王宮への入場を許すデル・トロは、映像と美しき詩情が悪に勝利することを信じている。
第59回アカデミー賞3部門受賞
監督:ギレルモ・デル・トロ/2006年
スペイン・メキシコ合作/119分
配給:CKエンタテインメント
10月6日(土)より全国ロードショー!
恵比寿ガーデンシネマ(03-5420-6161)/シネカノン有楽町1丁目(03-3283-9660)/ワーナー・マイカル板橋(03-3937-1551)/立川シネマシティ(042-525-1251)/MOVIX昭島(042-500-5900)/TOHOシネマズららぽーと横浜(045-929-1040)/川崎チネチッタ(044-223-3190) など
※他、全国公開に関しては下記、公式HPをご参照ください。
公式HP:http://www.panslabyrinth.jp/![]()
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群馬県前橋市生まれ。本名、塚田誠一。多摩美術大学美術学部絵画科卒業。
現代美術のジャーナリストとして活動した後、1983年セゾン・グループの映画事業に参加。83年11月、アート系映画の老舗映画館「シネ・ヴィヴァン・六本木」をオープンさせる。同劇場の支配人を務めた後、配給会社シネセゾンに移り... 続きを読む