連載コラム グルメ 【マックロマンスの遊牧民的バーライフ】 Vol.7

ジャックダニエルとヒースロー空港(下)

バー・スタイリスト MAC ROMANCE


2007/09/27

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前回の続き。イギリスのヒースロー空港で拘留されていたときの話。

私と同部屋のアルジェリア人が、どうやらそこのリーダー的存在であるらしかった。誰かがそう言ったわけではない。皆の様子を見ていて、なるほどそうらしいと感じただけのことだ。映画でよくあるような喧嘩やなわばり争いのようなことは起こってはいなかった。それでも皆、窮屈な環境にはストレスをためていただろうし、そうでなくてもここの人間は皆、わけありな輩である。いざこざが起こるのであれば、それとは無縁でいたかった。そういう意味では私はラッキーだったかも知れない。同部屋のアルジェリア人と行動を共にしていれば、私のここでの地位は安泰であるように感じた。

飛行機に乗る前に私は、ジャックダニエルのボトルを煙草と共に免税で購入していた。プリンセスハウスでの飲酒は当然禁止であろうが、入室時の荷物チェックはかなり甘かった。深夜だったし、だいたいここに来るまでにあちこち隅々までチェックされているのは係員も承知済みである。結果、ジャックダニエルを持ち込んだことによって私と同部屋の2人との親睦は急速に深まることになった。私の知る限りではアルジェリアはイスラム教の国で、飲酒は禁じられているはずだったが、その男の飲みっぷりはなかなかのものだった。ロンドンで拘留されているアジア人とアフリカ人が、アメリカで作られたウイスキーをこっそり酌み交わしている。よくわからないけれどまあ、グローバルな話ではないか。

そこでの人間たち同士の会話は極めて少なかった。たくさんの国の人間が入り乱れているわけだから、もちろん言葉の問題もあっただろうが、もっと深い事情があるように感じられた。やあ、はじめましてよろしく。と握手をした隣人が政治的あるいは宗教や宗派的に敵対する団体に属している可能性は誰にでもあった。沈黙はそこでのトラブルを避けるための手段だったかも知れない。そういう意味では私は彼らとはずいぶん立場が違ったと思う。日本人と仲良く会話して彼らが失うものは何もなかった。もしジャックダニエルを持って現れた私がアメリカ人だったとしたら、そこで私が受けた待遇は同じではなかったように思う。

プリンセスハウスについては、あるジャーナリストがそこでの生活環境の悪さや人権侵害について物申す記事を発表したとか発表しようとして潰されたとかという話を聞いた。世の中は本当に知らないことだらけである。

ジャックダニエルはテネシー州が誇るアメリカの代表的ウイスキーである。その原料や製法がほとんど同じバーボンウイスキーと混同されがちだが、ケンタッキー州で作られるバーボンウイスキーとは一線を引いて、テネシーウイスキーというカテゴリーに属することを声高らかに主張している。アメリカのウイスキーとしては高級な部類で、日本でも以前は重宝がられていた。酒税法の改正や大量輸入、並行輸入物の出回りなどもあり、今ではコンビニエンスストアでも安く手に入れることができる。

ジャックダニエルとヒースロー空港

結局私はプリンセスハウスに2晩ほど泊まって、日本に強制送還されることになった。ジャックダニエルのボトルを持って帰った記憶はないから、たぶん飲み干してしまったか、そのまま置き土産にしたのだと思う。同部屋の2人には、さよならを言う機会もなかった。彼らが何者で今どこでどうしているかは知るすべもない。


マックロマンス(MAC ROMANCE)

マックロマンス(MAC ROMANCE)

1965年8月東京生まれAB型。1983年単身渡英しプロミュージシャンとして活動する。1988年帰国、バーテンダーに転身。1993年東京都目黒区自由が丘に「プースカフェ」を開店、自ら店に従事する。2003年バースタイリスト活動を開始。バーのプロデュース、カクテルブックの制作など多方面のフィールドで独自スタイルのバーワークを展開... 続きを読む





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