新しいものを生み出すということは、創造力と行動力が必要であるが、伝統を維持していくのもまた大変な精神力が必要であろう。人形町に軍鶏専門店として店を構えて247年。今でも多くの人々に愛され続け、昼には行列を作るほどの人気を保ち続ける「玉ひで」の味はいかなるものなのだろうか。
「玉ひで」に行こうと思い立ったのは当日の昼過ぎ。電話で予約をすると、個室は既に満室、テーブル席ならば空いているということだった。ではそれで19時半にテーブル席で、とお願いすると、電話口の女性は「19時15分までは前のお客さんがいらっしゃいますのできっかり19時30分に。お席は21時30分までのご利用となります」とおっしゃった。ゆったりと食事を楽しんで欲しいというレストランに慣れていた身としては、いささか居酒屋の飲み放題コースのようで面食らったが、これも、無駄にだらだら過ごさないという江戸っ子の心得かもしれない。今回は当日の予約でしかもテーブル席。そもそも座敷は気軽に鶏鍋を楽しむためにあるのだから、こういう対応でもむっとしてはならないのだろう。
さて、「玉ひで」では予約の段階で、コースを決めなければならない。座敷と個室では若干メニューと値段が違うのだが、軍鶏鍋を頼む場合、すき焼き風か、スープ仕立てのしゃぶしゃぶ風かを選ぶのはどちらも同じ。きっかり2時間で、と言われたからにはのんびりと食べている暇はないのではないか、という懸念もあり、鍋と鳥料理2品がつく「飛(ひ)コース」をすき焼き風でお願いした。
鳥料理のひとつ「鳥の薄造り」。ネギを巻いていただく
店は大通りから一本入った蔵作りの堂々たる建築。テーブル席と言えど入り口は個室と同じ。玄関で靴を脱ぎ、その靴を預かる専門の「靴係」がいる。通されたテーブル席は掘りごたつ式になっており、各テーブルのスペースもゆったり。あれほど厳重に時間を指定された割には席は半分程度しか埋まっていないが、中には背広姿の外国人客を接待するようなグループも見られ、和服姿の仲居さんがサービスしてくれるというスタイルは海外の人に受けがいいのだろう。
席に着くやいなや、さっそく鳥料理2品、鳥のスープと鳥の薄造りが運ばれてきた。低温で調理された胸肉は、軍鶏本来のしっかりとした味が口の中に広がる。
いよいよメインの鳥鍋。まず割り下で皮を煮、ついで手羽、もも、レバー、胸肉などを鍋にいれる。仲居さんがすべて取り仕切ってくれるので、客が鍋に触れることは一切ない。江戸前の割り下で味付けられた軍鶏は、歯ごたえがよく噛みしめる毎に深い味わい。健康で健全に育て上げられた軍鶏の雄志が目に浮かぶようだ。
かつては「御鷹匠仕事」という銘を受けた包丁さばきで鳥をさばく
秘伝の割り下で煮込まれる鳥肉
締めにはご飯がついているのだが、ここはぜひ、親子丼にアップグレードしていただきたい。実は「玉ひで」は親子丼の発祥地。明治24年に五代目が、軍鶏鍋の割り下を卵で閉じることを思いついたという。ちなみに現在ランチメニューで登場する極上親子丼は、現八代目山田耕之亮が考案したスペシャルバージョン。親子丼の上にさらに鮮やかな黄身の乗る「極上」は、調理法に若干の違いがあり山田氏もしくは料理長しか作ることができないという。
卵と出汁が絶妙に絡み合う親子丼
さて、運ばれてきた親子丼は、ネギなどの具は一切はいらず、醤油とみりんが豊かに香る。やや、濃いともいえるがそれこそが、江戸前の親子丼の魅力。卵と出汁の染みたご飯をかき込めば、なんとも幸せな気分。
親子丼を食べ終えて時計をみると、未だ店に来てから1時間と30分。2時間と念を押されたが、心配は無用だった。
旨いものをさらりと食べてさっと帰る。どこか二軒目に寄っても良いし、たまには9時過ぎに帰途につくのも良い。その適度な存在感が絶妙に心地よく、これぞ江戸の粋というところだろう。まさに、幸福のダイナーと呼ぶにふさわしい。(Written by Kersol)