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「言葉という武器に愛を添えて」詩人・三角みづ紀、インタビュー(1/2)


2007/12/03

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2004年、三角みづ紀は第一詩集「オウバアキル」で鮮烈なデビューを飾る。当時まだ23歳という若さでありながら、同年すでに「第42回現代詩手帖賞」を受賞するなどして注目を集めたが、さらに「第10回中原中也賞」を受賞しその名は詩に関心の無かった人々にも知られることになった。2006年には第二詩集「カナシヤル」を発表。「第18回歴程新鋭賞」、「南日本文学賞」を受賞し詩壇に確固たる地位と名声を築く。過去の作品を振り返りつつ、衰えることを知らないその創作意欲の内側に迫った。

苦難の果てに辿り着いた「カナシヤル」という境地

詩人・三角みづ紀、インタビュー

鹿児島県に生まれ育った三角みづ紀が初めて詩を書いたのは小学6年生の時。その後も詩作を続けながら、大学進学を機に上京。しかし20歳の時にひと月以上も40度の高熱が続き、膠原病(こうげんびょう)という難病と診断され、実家に近い奄美での療養生活を余議なくされる。そのような状況に強い焦燥感を感じ、本格的に詩と向き合い「現代詩手帖」などの詩誌に投稿を始める。そしてそれが着実に評価され、詩人・三角みづ紀が形成されていった。


包丁で指を切った/止まらない血/の向こうの/肉の切れ目の断片/に私/が見えた/確かに私は生きていた(「帆をはって」より抜粋)

「『オウバアキル』とは殺戮兵器という意味で、色々な人達をこれで見返してやりたいという気持ちがありました。だけど今になって思えば、考え方もまだまだ本当に甘かったし、読み返したくないですね。ただ、中原中也賞を受賞したことなどがキッカケで、東京で生活していく決心が付きました。」

三角みづ紀の詩は生々しく鋭角的で、ザラザラとした質感が大きな特徴の一つにある。特に「オウバアキル」においては、人間が内包している負のエネルギーが一気に発露したかのような印象すら与える。しかし、たとえ絶望を描いたような作品であっても、必ずどこかに強い生への希求を感じさせる。そして第二詩集「カナシヤル」で大きな飛躍と変貌を遂げた。それまでが主観で世界を見詰めていたとしたら、「カナシヤル」においては自らを取り囲む世界や自分自身を客観的に見詰め、それが見事に作品に映し込まれている。

わたしたちは/とても拙いから/時々わからなくなるけど/拙いなりに/生きること/を選んだのだ/次に桜が唄う頃/わたしは/よめになるのだ/しゃくやくの花/とても死ぬ きれいね(「しゃくやくの花」より抜粋)
詩人・三角みづ紀、インタビュー

「『カナシヤル』という言葉は奄美の方言で『愛しい』という意味なんです。ここに収められた詩は現在の夫に出会ってから書いたもので、彼に最初に読んでもらうということが前提にあったんですね。だから詩の内容が必ずしもそういったものではなくても、夫に贈るという意味合いが強くて、もう『オウバアキル』ではないなと思ってそういうタイトルになりました。この頃にはかなりポジティブで楽しみながら書いていました。」

最愛の夫との出会いがあり、創作においても私生活においても大きな変化を迎えた。しかし、三角みづ紀の詩は相変わらずどこまでも生々しく、読み手の心臓を鷲掴みにするような表現スタイルは変わらない。それは時に痛みすら伴って伝わってくる。

「芸術は痛くて当然だと思うんですね。それの何が悪いのかと。今、全力を出したらその時の色が出る。それを隠して半永久的に残るようなものを目指したりしたら、つまらないものしか書けないと思います。芸術とは作者の血によって出来るものだし、内面をさらけ出すことは恥ずかしいことかもしれないけど、それを世に出す度胸が必要だと思います。だけどそこから私の血が感じられたら嬉しいですね。」




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