マックロマンス(MAC ROMANCE)
1965年8月東京生まれAB型。1983年単身渡英しプロミュージシャンとして活動する。1988年帰国、バーテンダーに転身。1993年東京都目黒区自由が丘に「プースカフェ」を開店、自ら店に従事する。2003年バースタイリスト活動を開始。バーのプロデュース、カクテルブックの制作など多方面のフィールドで独自スタイルのバーワークを展開... 続きを読む
バー・スタイリスト MAC ROMANCE
2008/01/07
毎晩バーのカウンターで働いていたときの話。
はじめて来店のお客から、なんとかという名前のカクテルを作ってくれと注文を受けた。聞いたことのない名前のカクテルだったので、カクテルブックを見てもよいかと尋ねたら、たぶんカクテルブックには載っていないとのことだった。カクテルブックにも載ってないような酒を、何で私が知っていると思ったのか不思議だったけれど、幸いお客がレシピをおぼえていたので、それに忠実に従って調合して事なきを得た。
閉店後、次回同じ注文を受けたときのためにカクテルのデータをコンピューターの顧客リストに入力しておくことにした。お客の名前を入力したところ、偶然にも同じ名前の顧客がいることが判明した。同姓同名の顧客のデータをチェックしてみたところ、どこかで聞いたことのあるようなカクテルの名前が記されていた。今夜のお客が注文したのと同じ名前のカクテルでおまけにレシピまでもが全く同じだった。
同姓同名どころか同人物だったわけだ。そのお客とは少なくとも2回、全く同じやりとりをしたことになる。バーテンダーとしては最低、いやはや恥ずかしい話である。
コンピューターを頻繁に使うようになる以前、顧客リストは頭の中にあった。もちろんお客様ひとりひとりの住所や電話番号まで丸暗記していたわけではないけれど、ドアを開けて登場したお客の顔を見ると、そのお客が前に飲んだ酒や、交わした会話の内容などの情報をはじめ、その客の嗜好や性癖や人格などのイメージが、すっと頭の中に浮かび上がってくるのだ。何百人という数のお客の情報をいったいどうやって頭の中で管理しているのか自分でもよくわからないのだけれど、そういう能力というか感覚は年を重ねるごとに研ぎすまされていくような気がしていたものである。
例えば毎回砂糖ぬきのギムレットを注文するお客がいる。何も言わずとも席に座っただけでいつもの酒が出てくるところが、常連客と店とのやりとりの中でも醍醐味の部分である。マニュアルはいつも通り砂糖ぬきのギムレットを作れと言っている。でも今日はどうも何かがひっかかる。いつもと何かちがう気がするのだ。で、試しにお客とひとこと交えてみる。聞けば案の定、ギムレットにするか甘いアニス酒をストレートで飲むか迷っているところだと言う。近頃無性に甘い酒が飲みたくなるらしい。年かしら?と彼女は言う。私は笑ってアニス酒をグラスに注ぐ。
お客の気持ちになれとはよく聞くセリフだけれど、他人なのだから同じにはなれるはずがない。けれどもお客の気持ちを何となく感じるようになることは可能だと思う。料理人や美容師などの友人たちと話していても、接客に関してはカルテに頼りすぎず、自分の感覚にまかせるのがよし。ということで意見は一致している。何だかよくわからないけれど感じる。というところが重要で、それの有無が一流とその他を区別するラインになっているとさえ思う。残念ながら私はその道で一流になることを自ら放棄してしまった人間なのだけれど、思えば顧客の管理をコンピューターに頼りだした頃が集中の途切れはじめだったような気がする。
例のギムレットのお客とは10年後くらいに別のバーのカウンターをはさんで遭遇した。黙って砂糖抜きのギムレットを出したらけっこうびっくりされていた。冒頭のなんとかというカクテルは名前も内容もすっかり忘れてしまった。コンピューターも壊れて顧客リストも消失したから、今となっては幻の酒になってしまった。
今回はここまで。まさに酒場の駄話ですな。

1965年8月東京生まれAB型。1983年単身渡英しプロミュージシャンとして活動する。1988年帰国、バーテンダーに転身。1993年東京都目黒区自由が丘に「プースカフェ」を開店、自ら店に従事する。2003年バースタイリスト活動を開始。バーのプロデュース、カクテルブックの制作など多方面のフィールドで独自スタイルのバーワークを展開... 続きを読む