小西康隆(Yasutaka Konishi)
株式会社インタープラネット プロデューサー。1960年2月、北海道生まれ、渋谷育ち。
10年間のサラリーマン経験の後、バブル経済終焉の'91年に起業。広告制作、生活雑貨のプロデューサーとなり、趣味で始めたバーをきっかけに飲食プロデュースを多く手がけるようになる。現在は飲食店経営の他、広告・ブランディング... 続きを読む
(株)インタープラネット プロデューサー 小西康隆
2008/01/23
皆さん、こんにちは小西です。
正月気分もすっかり抜けて、子年生まれの僕は「今年は当たり年になるかな!」と仕事も遊びも精を出し始めています。3月には赤坂に新しい店もオープンだし、工事真っ盛り。僕もメット姿で、新春早々大忙しです。
先日テレビにて、京都「三十三間堂」で催された新成人による「通し矢」を拝見。晴れ着を着た新成人の女子たちが弓を射る姿が大変美しく新春を飾っていた。
毎年、新人諸君たちと語らう機会が有り、僕が必ず後輩たちに云うのが、「人のウワサ話はするな!」「人の悪口は語るな!」「コンビニで漫画を立ち読みするな!」である。要するにハタ目に格好悪い事はするな、と云う事である。
その中でも、「ウワサ話」なんてモノは、するよりもされる方がずっと良いのである。誰かの噂話なんてしていても何の得も無し、かえって廻りの連中から煙たがられるだけなのだ。
もう随分と昔の事であるが、僕がサラリーマンだった頃のオハナシ。新年度を迎えて、若い新入社員が大勢入社して来る時期。当然の事ながら、新入社員歓迎会なる宴が催され、その席上で男性陣どもは新人女子社員に「イイなぁ、可愛いなぁ」などと目星を付けて、マークし出すのである。そして酒のペースが上がり、無礼講になってくると、口も滑らかに運び、野郎どもは饒舌になる。社内結婚も多かった時代であり、皆必死なのだから仕方ない。
そして宴席上、決まって同僚、後輩、先輩の諸氏たちが「さっきから或其処で黙って酒飲んでいる奴には、気をつけた方がいいぞ。」と言い出すのである。まぁ当然ながら、その席で呑んでいるのは僕な訳なのだが。
もう皆が揃いも揃って、「兎に角、彼奴は手癖が悪い。」だの、「先輩は女に滅法弱い!」、「誰彼れ構わず片っ端から口説くので、○○君も気を付けた方がいいよ。」と来る訳である。ところが、こっちは新入社員の内定が決まった頃には、上司から昼飯喰おう、などと理由をつけて呼び出され「お前な、今年の新人には絶対に構うなよ。これは上司命令だからナぁ。」と新年早々、釘を刺されているのである。
若気の至りで、僕も若い頃は相当ハメも外し、浮き名を流していたが、全ての欲望が溢れていた血気盛んな年頃である。まぁ、チト遊び過ぎた事もあった。
さてさて、歓迎会も終わり、それからの数ヶ月間と云うもの、僕は上司の言い付け通りに、新人女性達には目もくれず、黙々と仕事をこなし、仕事が終われば夜の帳に繰り出すと云う日々が続いていた。ウワサ話に忙しい先輩、後輩、同僚たちはと云えば、相変わらずの「僕ネタ話」で女の子たちを誘い出して飲み会に必死である。
しかし、実に面白い様に駒は廻るものだ。こうなると、今度は彼女たちの方が次第にこちらの行動が気になり始めてくるのである。皆が一同に「彼奴には気をつけろよ。」って言っていた男が、一向に自分に声を掛けて来ない訳でアル。「ひょっとして、別の課の○○○ちゃんとデートでもしているのだろうか」、はたまた「私には全く興味を抱かないのか」などと勝手に妄想が膨らんでくるのだろう。
そのうち、僕が一人昼飯を食べていると、新人女子君がやって来て「今度、何処かへ飲みに行きませんか?」とか「週末などは何をして過ごして居るのですか?」などと向こうから聞きにくるようになってくる。そして、それが徐々に何人もの女のコから誘われるようになって来出したのだ。こっちは上司の言い付け通り、「僕から決して口説くまい」を続けていたのだから実に不思議であった。
ホラ、ねっ!人のウワサ話なんて、「するよりもされる方が良い」って事が判明したでしょう。さて、その後、女子達とどうなったかって?そりゃ、当時は僕も30代前半。花の独身である。誘ってくれたコたち皆と、それはもう、其れぞれ楽しい日々を過ごしたのさ。
そう、最後にもう一つ僕が後輩にアドバイスする事が有る。確かこのコラムの4回目でも書いたが、「その日、初めて出逢った女性を口説くことが出来るか?」だ。初めて出逢う人に自分の魅力をしっかり伝える事が出来れば、如何に初めての営業先だって大丈夫なのである。えっ、僕は全く仕事に活かして無いだろう、って?そうか、世の中素敵な女性が多すぎて、ソッちまで手が回らないのだった。よし!今年こそはソレを仕事に活かそうか。

株式会社インタープラネット プロデューサー。1960年2月、北海道生まれ、渋谷育ち。
10年間のサラリーマン経験の後、バブル経済終焉の'91年に起業。広告制作、生活雑貨のプロデューサーとなり、趣味で始めたバーをきっかけに飲食プロデュースを多く手がけるようになる。現在は飲食店経営の他、広告・ブランディング... 続きを読む