連載コラム ライフスタイル 【小西康隆の『小粋の哲学』】 Vol.13

天孫降臨 - 悠久の地、高千穂を歩き、焼酎の深さを味わう(第1回)

(株)インタープラネット プロデューサー 小西康隆


2008/02/27

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もうかれこれ30年来の付き合いで、今も大の仲良しの酒仲間に興梠さんと云う名字の友人が居る。「こうろき」と呼ぶのである。聞けば、祖父が高千穂の出身だそうだが、知り合った頃は随分と変わった名字だなぁと思ったものだ。

宮崎県の高千穂地方にはこの「興梠」姓の家が数多く居て、向こう三軒両隣り皆がみんな興梠さんと云う家が多い。また、読み方も「こおろき」、「こうろぎ」と二つ在るそうだ。そして実際にこの地を訪れたら、「興梠建設」や「興梠酒店」等々、いろんな看板にこの名前を見つけたのだった。

天孫降臨の地 高千穂

高千穂は神々が降り立った「天孫降臨の地」として「古事記」や「日本書記」にも登場し、広く知られている。興梠と云う名もその昔は「興呂木」と三文字だったそうな。「神呂木」とも書いた。男の神様をカムロギ、女の神様をカムロミと言い、このカムロギに字を充てたのが「興呂木」となり、永い歴史の中で「興梠」となったのではないか、と神々が舞い降りた地方に相応しい説が在る。


天岩戸神社の岩穴

天岩戸神社では、天照大神(アマテラスオオミカミ)が隠れてしまった岩穴があり、そこを御神体として祀っている。素盞嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴ぶりに呆れ果て閉じ篭ったまま天照大神が出て来ないので、この世は真っ暗闇になっていた。八百万(ヤオヨロズ)の神々は何とか出て来てもらおうと、重く閉ざされた岩戸の前で宴会を催した。天鈿女命(アメノウズメノミコト)が舞を踊り、外の宴の様子が気になって天照大神が岩戸を少し開けた途端、力持ちの手力男命(たぢからおのみこと)が一気に岩戸を引き空けて石を飛ばしたそうだ。こうして、一瞬にして光が溢れ昼と夜の在る世界に戻ったそうだ。この時の舞が、高千穂地方の伝統芸能である「夜神楽」になったと伝えられている。

国見丘

また、僕が昔読んだ神話では、「イザナキとイザナミが天の沼矛(あめのぬぼこ)なる剣を持って天の浮橋の上に立ち、まだ固まっていない地にその剣を刺し下して、こおろ、こおろ、とかき混ぜた。しばらくかき混ぜた後に、剣を抜くとその剣先からぽたりぽたりと雫が垂れてきた。この雫が溜まって出来た島が「オノコロ島」である。ここからイザナギとイザナミの国づくりが始まるのだが、本州、北海道、四国、九州もこの雫から出来たし、佐渡の島など日本列島の大小8つの島を生んだ。」との内容だった。

この「こおろ、こおろ、とかき混ぜた」と言う箇所で思い浮かんだのだが、九州の人じゃ無ければ多分「興梠」は「こうろ」と読むだろう。神話の中の、天の沼矛で沼をかき混ぜた「こおろ、こおろ」と言う音と関係が有るのだろうか。いずれにしても遥かなるロマンを感じるではないか。

高千穂酒造 工場

ここ高千穂地方にはその名も「高千穂」と云う焼酎がある。地元で明治35年創業の歴史を誇る高千穂酒造が作り上げた本格麦焼酎で、その深い味わいは焼酎好きを十二分に唸らせる。

僕と同い歳の飯干工場長に焼酎を造っている工場を案内して戴きながら、本格焼酎の出来る行程を拝見させてもらう事が出来た。創業時は地元で採れるとうもろこしを使った焼酎をメインに作っていたが、時代のニーズや鹿児島の芋焼酎に負けず劣らず美味しい独自の本格焼酎を創りたいとの想いから麦の焼酎造りを始めたそうだ。そして、白麹を使った「わかむぎ」を発売し、全国的に呑まれるようになっていったのである。

この「わかむぎ」は大麦の精白歩合を60%以下にして、減圧蒸留と云う製法により、クセの無い芳香とまろやかな味に仕上げた焼酎だ。

高千穂酒造 工場長

だが、近年の焼酎ブームにより、全国の焼酎愛好家たちは「よりクセの強い香りと味」を求めてくるようになった。芋くさい薩摩焼酎しかり、麦焼酎も同様に麦の香りと味を望む声に応えるべく、飯干工場長と下中野杜氏の努力と研究の日々が始まったのである。

きっかけは工場長のちょっとした「遊び心」からだった。順風満帆に「わかむぎ」やとうもろこし焼酎「刈干」などを販売していたが、ガツンと来る麦独特のクセの有る、ちょっと変わったモノを創ってみようかと思い、試作を重ね続けていった。そして或る時、社内の会議の席で「新しい味わいの麦焼酎」を試飲してもらったら思いのほか評判が良かったのだった。中には「個性が強すぎるんじゃないか?」との声も上がったが、工場長には「これは当たる」と云う手応えを感じたのだった。

高千穂の原料

こうして生まれたのが原料大麦を黒麹全量で仕込んだ大変クセの強い本格焼酎「高千穂」だ。麦独特の香ばしさと仄かな甘味、そしてその強い香りとは裏腹に口に含むと何とも柔らかい味わいが一杯に広がる奥深い酒だ。

通常の焼酎造りは麦と麹を合わせてから、一度しか「醪(もろみ)」を行わないのだが、「高千穂」を造るには一次、二次と「醪」を行うそうだ。二次醪の麹も一次と同じ行程で造るのだが、その為の「製麹機械」が一機しかないので、その作業には二倍の日数が掛かるのだった。聞けば聞く程、手間を掛けて造っている事に驚くばかりだった。

「水は流れていないと腐ってしまう。川は常に流れているから浄化されている。」、工場長がぼつりと語った言葉が忘れられない。焼酎は原料と水が命である。蒸留した原酒は度数が44度と極めて高い。25度の製品に仕上げるには熟成、精製の後に割り水をしなければならない。

白川水源

美味い本格焼酎の最後の仕上げにはそれに相応しい水が必要だった。そして、全国各地の湧き水を試飲し、40種類もの水源を訪ねて出会ったのが阿蘇山の麓(ふもと)、白水村に湧き出る「白川水源」の天然水だったのだ。長い年月をかけて阿蘇山の麓の地底深くより湧き出る水は全国名水百選にも数えられる名水である。此処は一分間に60トンもの豊富な水が自然に湧き出ている水源なのだ。これだけ恵まれた天然水ならば、量産する「高千穂」にも十分使える水量だったのだ。何よりも、まろやかで澄んだ味わいの白川水源の水こそ、「高千穂」を完成させるに不可欠な存在だったのだ。先ほどの台詞は、この水に出会えた工場長ならではの言葉であった。

手間を惜しまず、我が子の様に手塩にかけて創った「高千穂」を味わってみた。独特の強い香りを大いに楽しむにはお湯割りにして、ちょっと温度が下がったあたりが美味い。悠久の地、高千穂の遥か遠い神話の世界に想いを寄せて、しばし酔いしれたのであった。

高千穂

高千穂

高千穂


小西康隆(Yasutaka Konishi)

小西康隆(Yasutaka Konishi)

株式会社インタープラネット プロデューサー。1960年2月、北海道生まれ、渋谷育ち。
10年間のサラリーマン経験の後、バブル経済終焉の'91年に起業。広告制作、生活雑貨のプロデューサーとなり、趣味で始めたバーをきっかけに飲食プロデュースを多く手がけるようになる。現在は飲食店経営の他、広告・ブランディング... 続きを読む






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