連載コラム エコ 環境問題【環境戦略の新時代】Vol.10

はきだめ生まれのアスリート〜排出権取引

大阪大学大学院工学研究科客員教授 西村陽


2008/03/11

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わが国でも今年に入って国内の排出権取引、もしくは排出量取引をめぐる論議が遂に本格化してきた。これまで産業界が進めてきた自主行動計画に加えてCO2排出を価格で評価して取引する経済的手法を加えよう、という考え方である。

しかしながら、排出権取引に対するメディアの解説を見ると、「この人たち本当に勉強したの??」と思うようなものも少なくない。もともと国家間の排出権取引の一種であるCDM(クリーン開発メカニズム)を日本の多くの企業が購入しているのでそれと混同したものも多いし、欧州ではすべてのCO2排出がEUETS(欧州排出権取引市場)で網羅されている、といった間違い(実際には日本の自主行動計画の方がカバー率は高い)。そして中で正確な説明が少ないのが、排出権取引の出自と、その強み・弱みに対するものである。

はきだめ生まれのアスリート〜排出権取引

排出権取引は1990年代から米国の火力発電所等における硫黄酸化物(SO2)排出の削減手法として始まった。ここから先が通常説明されない点なのだが、実は日本の場合、発電所が建った時点でSO2の排出はほとんどゼロになっている。すべての発電所に強力な環境規制がかかり、さらに地元自治体との間に厳しい環境協定が結ばれているため、排煙脱硫装置の設置が当然とされてきたからである。これに対して環境規制が緩い米国では、ほとんどの電力会社が排煙脱硫投資を設置しようとせず、環境規制を導入しようとしても電力会社のロビイング活動で潰されてしまっていた。これに対して考えられたのが、「現在排出している発電所に排出の権利(財産権)を与える」という逆転の発想である。これによって、電力経営者が発電所閉鎖で排出権を売ったり、排出権価格が高ければ排煙脱硫装置投資に踏み切ったりすることが一般化した。

汚染の原因になっているプレーヤーに財産をいきなり配分し、それを使って規制をかけていく、というこの方法は、次第に排出枠が減っていくので与えっぱなしではないにしろ、一種「泥棒に追い銭」であり、その点で排出権取引の出自は「はきだめ生まれ」と言わざるをえない面がある。

一方、排出権取引の強さとは何だろうか。排出権の売買を可能にし、市場の流動化に成功すれば、全体の中で一番削減の限界コスト(1トンのCO2排出を減らすのに必要な費用)が一番低いところから、着実に削減が図られることになる。モニタリング(排出量の把握)が完全で、最初の枠の割り付けがうまくいったと仮定した場合、「排出権取引はここが悪い」と机上の論理で論破するのは(削減コストの高いところが優れた技術開発ポテンシャルを持っているようなケースを除いて)極めて難しい。その点で排出権取引は環境対策界の選ばれたアスリートと言ってよい。

そして、排出権取引の弱さとは、強さの前提である「モニタリングが完全で、最初の枠の割り付けがうまくいく」が現実にはありえない、ということに他ならない。EUでも各国の合意を得るために当初非常に甘い排出枠でスタートし、売り手だけが大量に出てきて何度か市場が崩壊しかけたのはよく知られている。

しかしながら、この「はきだめ生まれのアスリート」が、これからの温暖化対策の重要な主役の一人であることは否定できない。他国のやり方は進んでいる、という誤解を解き、どうやったら彼を活かすことができるか、しっかり考えることが重要ではないだろうか。


西村陽(Kiyoshi Nishimura)

西村陽(Kiyoshi Nishimura)

大阪大学大学院工学研究科客員教授(ビジネスエンジニアリング専攻)、関西電力企画室・秘書室マネジャー。1961年富山県生まれ。1984年一橋大学経済学部卒業、関西電力で調査、戦略、環境等を担当。1999〜2001年学習院大学特別客員教授。
主著に『電力改革の構図と戦略』... 続きを読む






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