連載コラム グルメ 【マックロマンスの遊牧民的バーライフ】 Vol.39

ドコでもドアなしドコでもドアマン(1/2)

バー・スタイリスト MAC ROMANCE


2008/05/09

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今週は赤坂にいた。といってもバーの仕事をしていたわけではない。コンサートの会場でドアマンしていたのである。ドアマン?バーテンダーじゃなかったの?って、説明すると少々長い話になる。

ドコでもドアなしドコでもドアマン

私は根気というものが欠如した生き物で、同じ事を長期間やり続けることができない性分なので、何かを始めてはそれを投げ出すという行動の連続でこれまでを生きてきた。私が場所や時間を特定しないフリーランスのバーテンダーであることは、このコラムをお読みの皆様にはすでに周知のことだと思うけれど、20年という私のバーワークのキャリアの間には、バーや酒とは全く関係ない仕事を生業としていた時期が何度かある。

そのような経緯の中、一時期本気でドアマンを本職にしようと目論んでいたことがある。何でドアマンなのか理由はいくつかあるけれど、要するにドアの前に立っているのが好きなのである。しかしドアマンの職務は通常ハコとセットになっており、同じ時間、同じ場所に永遠に通い続けるのが基本。つまりは私の性格に不似合いなのは明らかで、この問題をクリアにするためにはやはりフリーランスのドアマンを目指すしか方法がないという結論に至ったのである。フリーランス=私のような人間にはとても便利な言葉である。

さて、ドアマンの業務を遂行するにあたり、フリーランスのドアマンと聞いてそれがイメージできる人は少なかろうと考えて、私はそれを「ドコでもドアマン」と呼ぶことにした。これなら想像力に乏しい人でも容易に理解されるだろうと目論んだのだ。タキシードとネクタイと手袋を入手して衣装もばっちり、あとは依頼が来るのを待つだけ、企画書も契約書も接待も何もいらない気楽な起業である。

そのようにしてスタートしたドアマン活動の致命的な問題点に気がつくのに長い時間はかからなかった。すなわちドアマンにはドアの存在が必要不可欠という事実である。ドアのないところにタキシード姿で立っている人間をドアマンと呼ぶのはコレクトではなかろう。「ドコでもドアマン」ならぬ「ドコでもタキシード姿の人」である。





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