連載コラム ライフスタイル 【MEXICO RICO! 豊かなメキシコの大地から】 Vol.6
2008年、日本とメキシコの二国間関係にとって重要な年(1/2)
株式会社グローバル・コメルシオ 取締役 ロドリゲス ホセ・ルイス
2008/08/11
2008年は、日本とメキシコの二国間関係にとって重要な年である。11月には、1888年の日墨修好通商条約の締結から120周年を迎える。この条約によって、両国間の外交関係が開始された。歴史上の関係はさらに数百年前から存在したが、今から120年前に国全体のレベルで経済関係、政府間協議、文化交流の強化が始まったのである。
結果として、たくさんの商機創出や定期的な政策協議がもたらされ、双方の文化に対する関心と理解が深まっている。この活動は直近の数年間にも、著しい実績が見られ、最終的に2005年に発効された日本メキシコ経済連携協定(日墨EPA)までに繋がった。日墨EPAの結果として、メキシコは、ラテンアメリカ域内における日本の主要な貿易パートナーたる地位が定着しつつある一方で、日本は、メキシコのアジア地域最大の貿易パートナーになっている。
さらに、2006年のアエロメヒコ航空直行便就航は、訪問客の数を飛躍的に伸ばしていることがメキシコと日本の二国間関係の新たな時代を示しているだろう。
日墨修好通商条約、その歴史
在日メキシコ大使館(東京都千代田区永田町)
日墨修好通商条約とは、1888年11月30日に日本とメキシコの間で締結された条約。日本にとっては初めての(アジア除く)(治外法権が無く、関税自主権のある)平等条約であり、メキシコにとってはアジアの国と初めて締結した条約であった。
当時ワシントン在勤の日本全権陸奥宗光と、駐米メキシコ公使ロメロとの間で協議された。
条約成立の背景としては、当時は安政の五カ国条約として、アメリカ(日米和親条約、日米修好通商条約)、オランダ(日蘭和親条約)、ロシア(日露和親条約)、イギリス(日英和親条約、日英修好通商条約)、フランス(日仏和親条約)と不平等条約を、李氏朝鮮とは逆不平等条約(日朝修好条規、日本が有利)を結んでおり、平等条約は清と結んでいる日清修好条規のみだった。
日本政府は治外法権(領事裁判権)、関税自主権の問題解決の足がかりとして、アジア以外の国の1つとまず対等条約を結び、それを前例として欧米諸国と再交渉することを考えていた。日本政府が白羽の矢を立てたのは、意外にも鎖国以前にフィリピン総督を介して日本と外交実績のあるメキシコだった。ちょうどメキシコも、東アジアとの貿易の為に日本、または清と交流を持ちたいと思っていた矢先のことだった。両国にとっては、良いタイミングだった。
この条約締結後、1891年に日墨両国公使を交換。1897年にはメキシコへの日本人移民が行われた。南米ブラジルやペルーへの日本人移民歴史が良く聞くが、実は北米メキシコへの日本人移民の歴史がより古く、1997年はメキシコへの日本人移民の100周年記念年だった。
この平等条約締結のお礼として、明治政府は1898年に在外公館の用地をメキシコに提供した。今日メキシコの駐日大使館が永田町にあるのは、これに由来する。ご存知の方が少ないと思うが、永田町の一戸建て大使館というのは他に例が無い。














