連載コラム アート/カルチャー【ちょっと傾いたカルチャー座標軸】Vol.6

言えない秘密

荒井曜 (Akira Arai)


2008/09/10

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ジェイ・チョーという台湾のミュージシャンがいる。最近ではチャン・イーモウ監督の『王妃の紋章』や、『カンフー・ダンク』で俳優としても活躍している。僕は最近まで彼の存在を知らなかったのだが、武道館クラスでコンサートをしても2nightsくらいは軽く満席にできるコアファンが日本にもいるという。ヴィンセント・ギャロもそうだが、一つのジャンルだけではないマルチな才能を発揮するアーチストが時々いるが、ジェイ・チョーもそのタイプだと確信した。彼が初監督した長編処女作『言えない秘密』には、観終わった瞬間、久しぶりに胸をしめつけられるような切ない気持にさせられた。まさか涙が出るとは思っていなかったので、自分がちょっと恥ずかしく、こそこそとトイレで頬をぬぐった次第。

傑作と言うつもりはない。そうではなく、さきほど引き合いに出したギャロの長編処女作『バッファロー’66』も同じなのだが、才能のあるアーチストが、「ぬけぬけ」と、あるいは「ずうずうしく」、処女作でしか許されない特権を行使し、作品の完成度から見れば脆弱に見える要素とナルシズムを晒け出しながら、それでも最終的には見事なビジョンにまとめ上げ、強引に感動に導いてしまう作品の部類に属していると思うのだ。『言えない秘密』は、エンディングカットから遡って思い返すトータルのビジョンの儚い美しさに涙があふれる青春ラブストーリーだった。

言えない秘密

言えない秘密

いきなり回りくどい表現になってしまったが、『言えない秘密』には言えない秘密があるので、あまり書けないのである。ジェイ・チョー扮する主人公の高校生シャンルンは、とある名門音楽学校に転校して来て、一人の女学生シャオユーと出会う。彼女が弾いていたピアノ曲に導かれ、古い音楽室に足を踏み入れたのだ。たちまち二人は恋に落ちる。しかし、シャオユーは学校を休みがちで、彼女の存在は秘密めいていた。彼女が喘息持ちで、学校に来られないことを知ったシャンルンはいつも自分の自転車の背に乗せて彼女を送った家を訪ねてみるのだが・・・。

台湾の地方都市の風景を小雨に濡れたような色彩で切り取った映像はとても美しい。そしてなによりもジェイ・チョー自らが弾くクラシック・ピアノの素晴らしさ。全編を通して、自分自身の見せ方を心得た、才能のある者にしか不可能な「ぬけぬけ」とナルシスティックな演出を貫きながら、そこには切れば血の出るようなリアリティがあり、そしてそれは許されるのである。「処女作の特権」とはそんなものだ。二度観ることをお勧めする。二度目は違う映画になるから。それが「秘密」のヒント。

言えない秘密

監督・主演:ジェイ・チョー、グイ・ルンメイ
http://ienai-himitsu.com/
新宿武蔵野館、他にて上映中。

新宿武蔵野館

03-3354-5670
http://www.musashino-k.co.jp/cinema/shinjuku.html


荒井曜(Akira Arai)

荒井曜(Akira Arai)

群馬県前橋市生まれ。本名、塚田誠一。多摩美術大学美術学部絵画科卒業。
現代美術のジャーナリストとして活動した後、1983年セゾン・グループの映画事業に参加。83年11月、アート系映画の老舗映画館「シネ・ヴィヴァン・六本木」をオープンさせる。同劇場の支配人を務めた後、配給会社シネセゾンに移り... 続きを読む






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