連載コラム ライフスタイル 【小西康隆の『小粋の哲学』】 Vol.21
秋も深まって来た。都会の美しい姿をフォト俳句で詠んでみよう。(1/2)
(株)インタープラネット プロデューサー 小西康隆
2008/11/12
こんにちは、小西です。11月に入りすっかり寒くなって来た。そろそろ、都心でも紅葉を愉しむ季節が到来だね。先日も友人の営む居酒屋の囲炉裏に炭が入ったと云うので、炭火の赤い炎を眺めながら鉄瓶で熱燗をつけ一献楽しんだ。灯る火を眺めると云うのは何とも心が穏やかになるものだ。
さて、芸術の秋に絡めるつもりはないが、この季節はいち早くクリスマスのイルミネーションも美しいし、公園や庭園などでは深紅に染まる紅葉を堪能する事が出来る。デジタルカメラも手軽に扱えるようになったし、写真の加工だって簡単にパソコンで出来てしまう世の中だ。僕も週末になるとカメラを片手に街へ出て、気に入った一瞬をパチパチと納めているのだ。フィルムの時代だったら、財布の中身を気にしながらシャッターを切ったものだが、今は取り込んでから失敗した写真は捨てれば良いのだ。そんな訳ですぐ1日数百枚と撮ってしまうのだけれどね。
せっかく写したお気に入りの写真をそのままプリントアウトして飾るのも良いが、そろそろ大人の趣味の幅を広げようじゃないか。五七五の短い言葉で情景を表現する「俳句」にトライしてみるなんてどうかな。それも、ただの俳句ではなく、「フォト俳句」なのだ。自分が写した写真をセレクトして、それをテーマに一句詠むのでアル。俳句が単にその写真に映った風景や情景の説明ではなく、自由な発想で俳句と写真でひとつの作品としてバランス良く構成された時、思わずニヤリとしてしまう事だろう。
これは写真でも俳句でも、どちらが先でも構わないのである。例えば、一句浮かんだとしよう。ノートに浮かんだ句をいつも書き留めていると良い。そうすれば、作詞と同様で気に入ったコトバなどが光って見えてくるのだ。そうしたら、今度はそのコトバを使って幾つか別の句を詠んでみる。案外、それらを並べ替えたりして素晴らしい句が出来上がるものなのだ。出来上がった句を思い浮かべ、カメラを持って出掛けてみると良いのだ。一番、雰囲気にマッチした写真の上に自分の俳句を載せて、作品としてプリントアウトしてみると良い。額装して壁に飾りたくなること間違いないだろう。自分のブログなどで紹介していくのもまた新しい趣味が広がるって訳だ。
僕は落語も好きなのだが、ベテランの入船亭扇橋師匠は大の俳句好きでも知られている。我が家には師匠が今年の夏に雪女を詠んだ一句が書かれた福扇を手に入れ飾ってある。夏に幽霊の句と云うのが噺家らしくて洒落ている。その扇橋師匠が以前新聞の記事で素敵な事を語っていた。拾い読むと“「俳句をやると植物の名前も覚えるし、季節に敏感になる。落語のマクラで『サザンカが咲いてますな』と言うだけで、気分が出るでしょ」。俳句も落語も、大事なのは言葉をそぎ落とすことだという。”とあった。まったくその通り。目に映る情景をとらえ短いことばで表現するのは一見簡単そうだが、これが相当難しいのである。高浜虚子や夏目漱石の俳句を知り、興味を持ち、僕も俳句を詠んだりしているが、扇橋師の句にふれてから俳句がより身近なものになった気がしたものだ。
















