連載コラム エコ 環境問題【環境戦略の新時代】Vol.30

人間は牛を手に入れられるか

大阪大学大学院工学研究科客員教授 西村陽


2009/01/05

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人間は牛を手に入れられるか

世界経済は猛スピードで大不況に突っ込みつつあるが、2009年は丑年。牛はゆったりとした動きの喩えによく用いられるが、ちょっと変わった比喩として牛を人間の心や悟りに見立てた「十牛図」というものがあるのをご存じだろうか。

中国宋代の禅僧である廓庵が初作とも伝えられるこの「十牛図」は、掛け軸や画帖として中国、日本に多くが見られ、「尋牛(牛を尋ねる)」「見跡(痕跡を見つける)」「見牛(姿を見る)」「得牛(つかまえる)」「牧牛(飼いならす)」「騎牛帰家(一緒に帰る)」「忘牛存人(牛を忘れる)」「人牛倶忘(無となる)」「返本還源(自然に還る)」「入鄽垂手(人を導く)」という10枚の絵からなっている。修行者(人)が悟りや幸せを求めて苦労し、それが自分自身の中にあることに気付いて、最後はそれを他者や次の世代に伝えていく、という一連の絵はたくさんの解釈があるようだが、禅のなりたちをわれわれが「なんとなく」感じるためのとても良い材料となる。

考えてみれば近代以降の人間は繁栄や平和という幸せ、つまり十牛図でいう「牛」を求めて国民国家と戦争の時代、東西対立の時代、米国一極によるグローバル時代と右往左往し、いずれもある時期しかうまく行かなかった。経済社会システムでも、近代工業とともに生まれた資本主義の時代、ロシア革命や1930年代の世界不況の下での計画・規制の時代、1980年代以降の新自由主義の時代という大きな振り子がもうすぐ二度往復しようしていることになる。人間社会のこれまでの苦闘は、まるで牛を求めて必死に見つけはしたが自分のものにはなっていない「見跡」や「見牛」での修行者のようだ。これらは10枚ある絵のまだ2枚めと3枚めに過ぎない。

そして、そうした人類の繁栄や幸せを求める姿と比べると、地球温暖化問題はより困難な道である。もしもIPCCの報告書の趣旨が正しく、CO2排出が温暖化の主因ならば、今までの工業社会を低炭素側へ一段レベルアップし、かつ発展段階の違う国が一致協力することが必要になる。すなわち、人間の文明がここ200年歩んできた自然の征服や自らの利益のための利用、富める国と貧しい国の差を利用した生産・投資・貿易システム自体をもう一度作り変えるというかつてない挑戦が求められるのだ。

「十牛図」では、人間の悟りや幸せは人間自身の中にあり、最後はその存在すら忘れて次の世代に引き継ぐ姿が示されている。低炭素や圧倒的な省エネルギーが人間の発展手法そのものになるのは決して簡単ではないが、そうでなければ温暖化問題はいつまでたっても「尋牛」「見跡」「見牛」という三枚の絵を各国がいがみ合いながら循環していくこととなる。牛の年にあたって、人間がいつかは牛を見つけ、自分のものにし、次の世代にしっかりと伝えていくことを望みたい。


西村陽(Kiyoshi Nishimura)

西村陽(Kiyoshi Nishimura)

大阪大学大学院工学研究科客員教授(ビジネスエンジニアリング専攻)、関西電力企画室・秘書室マネジャー。1961年富山県生まれ。1984年一橋大学経済学部卒業、関西電力で調査、戦略、環境等を担当。1999〜2001年学習院大学特別客員教授。
主著に『電力改革の構図と戦略』... 続きを読む





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